ハウス・オブ・カード 野望の階段
シーズン1&2
House of Cards
season 1&2
デヴィッド・フィンチャーとケビン・スペイシー。
この二人の名を聞いただけで、内容は一切知らなくても、まず観たい作品リストに入る。
ドラマ・シリーズ「ハウス・オブ・カード 」は、原作は90年に放送されたイギリスのTVドラマ「野望の階段」で、そのハリウッドリメイク版。デヴィッド・フィンチャーとケビン・スペイシーがフィンチャーが製作総指揮まで買って出た作品(に第1・2話はデヴィッド・フィンチャーが監督を担当)で今や社会現象となった話題作だ。
いやはや。
政治心理サスペンス。
本音と建前のギャップが半端ない。暴けない真実と作られた事実。事実と真実のギャップを埋めようとするものを陥れる裏の顔。
事実の巧妙な作り方、ときに大胆な手法に「越えてはならない一線を越えてしまった。あとはどうバレるかの話か」と思ったが、この作品がそうさせないのは、人間の欲をあぶり出しているところにあると思う。
手に入れたいものを手にするには何かを引き換えにする。
それが意図的にしろ、無意識にしろ。
その手段はいろいろだ。
お金であるかもしれなし、信頼であるかもしれない。優しさかもしれないし、偽善かもしれない。
登場人物は当然事実しか知らない。それが作られた事実を知る者はその事実は墓場まで持っていく覚悟だ。対立するのは事実に疑いを持つ者だ。
このドラマが特殊なのは、視聴者はすべての真実と事実を同時進行で知っている。これまでよくある作品のようなどんでん返しのタイプではない。真実のシーンも同時に観せた上で、さらにケビン・スペイシー演じる主役のフランクがときおりカメラ目線で劇から外れて語ってくる。「ほらね」とか「やれやれ」といった表情は、まるで視聴者はぼくの味方だよね、的なスタイル。そうでなければ、何もできないでしょ、というスタイル。そしてフランクに敵対する人物との関わり、その悲劇を見ている。
シーズン1は2013年2月、シーズン2は2014年2月に公開。とりあえずシーズン1だけでは区切りが悪い。シーズン2まで一気見したいところ。
シーズン3も2015年2月にすでに公開されているが日本語対応されるまで待つ。
この二人の名を聞いただけで、内容は一切知らなくても、まず観たい作品リストに入る。
ドラマ・シリーズ「ハウス・オブ・カード 」は、原作は90年に放送されたイギリスのTVドラマ「野望の階段」で、そのハリウッドリメイク版。デヴィッド・フィンチャーとケビン・スペイシーがフィンチャーが製作総指揮まで買って出た作品(に第1・2話はデヴィッド・フィンチャーが監督を担当)で今や社会現象となった話題作だ。
いやはや。
政治心理サスペンス。
本音と建前のギャップが半端ない。暴けない真実と作られた事実。事実と真実のギャップを埋めようとするものを陥れる裏の顔。
事実の巧妙な作り方、ときに大胆な手法に「越えてはならない一線を越えてしまった。あとはどうバレるかの話か」と思ったが、この作品がそうさせないのは、人間の欲をあぶり出しているところにあると思う。
手に入れたいものを手にするには何かを引き換えにする。
それが意図的にしろ、無意識にしろ。
その手段はいろいろだ。
お金であるかもしれなし、信頼であるかもしれない。優しさかもしれないし、偽善かもしれない。
登場人物は当然事実しか知らない。それが作られた事実を知る者はその事実は墓場まで持っていく覚悟だ。対立するのは事実に疑いを持つ者だ。
このドラマが特殊なのは、視聴者はすべての真実と事実を同時進行で知っている。これまでよくある作品のようなどんでん返しのタイプではない。真実のシーンも同時に観せた上で、さらにケビン・スペイシー演じる主役のフランクがときおりカメラ目線で劇から外れて語ってくる。「ほらね」とか「やれやれ」といった表情は、まるで視聴者はぼくの味方だよね、的なスタイル。そうでなければ、何もできないでしょ、というスタイル。そしてフランクに敵対する人物との関わり、その悲劇を見ている。
シーズン1は2013年2月、シーズン2は2014年2月に公開。とりあえずシーズン1だけでは区切りが悪い。シーズン2まで一気見したいところ。
シーズン3も2015年2月にすでに公開されているが日本語対応されるまで待つ。